« 2005年8月 | トップページ | 2005年10月 »

2005/09/29

サプリメントと雷を疑ってみた

世の中にサプリメント好きな人は多いようで、ドラッグストアへ行くと「テレビで話題の!」とかいったポップ広告が目に付く。
コエンザイムQ10もその一つらしいのだが、ワシは「テレビで話題の!」とかいう宣伝文句を見ると反射的に眉に唾を付けてしまうので、興味も持っていなかった。
たまたま、会社で昼休みに Nikkei BP を読んでいて、こんな記事を見つけた。

MedWave : まだ分からない部分が多いコエンザイムQ10

やっぱり、医者から見ると首を傾げたくなるのだろうねぇ。

とくに、コエンザイムQ10(Co10)を摂取することで老化が防止できるかわかっていない上に、ひょっとしたら、かえって逆効果になるのではないかという指摘が興味深い。
アルツハイマー患者の脳にはCo10が多いという事実も何を物語るのだろうか(原因と結果をハッキリさせないと、何とも言えないけどね)。

結論:好きな人は好きにして良いが、「テレビで話題の!」サプリメントは、やっぱり非科学的ではないかと疑ってみるべきだ。

サプリメントは日ごろから疑っていたが、今日、ふと会議中に疑問に思ったことがある。
「稲光から雷鳴まで6秒以下の雷が頻発する場合には、社内放送で告知後10分でメインフレームを停止する」という規則が有効かどうか、ということだ。

10分のうちには、雷雲が真上に来てしまうのではないか?

音速を秒速340mとして、6秒で雷鳴が聞こえるということは、雷雲までの距離は2040mだ。
2040mを10分かけて雷雲がやってきたとすると、移動速度は分速204m。
時速に直すと、12.24kmである。

避雷針などを作っているエースライオン(株)の「知ってて安心、雷のよけ方」によると、雷雲の移動速度は時速10~40kmだという。

雷雲がゆっくり移動するタイプならよいが、早いものだと間に合わないなぁ。
……防災マニュアルを見直したほうがよいかもなぁ。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2005/09/26

お散歩カメラの条件

虹のカケラ昨日の夕方、散歩していたら、遠くの空に虹のカケラが見えた(送電線に引っかかっているみたいだったけどね)。
昨日のブログの記事にも書いたのだが、「お散歩カメラ」として使っている携帯電話SH901iCで撮った。
う~む。
やっぱり、このような微妙な写真は携帯電話では難しい。

そういえば、敬老の日(9月19日)に、富士五湖の西湖へ、恒例秋のディキャンプに出掛けたときも、もうちょい「使える」お散歩カメラが欲しいと思った。
というのは、カヌー(ファルトボート)で岸から漕ぎ出したとき、暗い湖底から水面に向かって伸びる、何本もの「らせん」が見えたからだ。
その「らせん」はトチカガミ科の水草、セキショウモの花茎なのだった。

カヌーに乗るのに、携帯電話を持ってはいられない。
ふだん植物や昆虫の撮影に使っている OLYMPUS E-20 も、もちろんカヌーには持ち込めない。
こういうときには、生活防水程度でいいから、水に濡れても平気な、ちゃんとしたマクロ機能の付いた小さなデジタルカメラが欲しくなる。

もちろん、電器店に行くたびに財布と相談して、諦めるのだけれど。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2005/09/25

生物季節:ヒガンバナ開花

白花のヒガンバナ9月21日、昼休みに散歩していて、白花のヒガンバナを見つけた。
携帯(SH901iC)で撮影してみたが、やっぱり花の細部が飛んでしまう(Photoshop で少々補正してみたが、やっぱり駄目だ。なお、携帯だと縦位置になってしまうので、回転してある)。
そこで、マクロ撮影モードにして、目いっぱい近寄ってみた。
すると、こんな具合。

白花のヒガンバナ(クローズアップ)お散歩カメラとしては、こんなところでよしとしよう。
難点といえば、シャッターを切ると大きな音がすることだが、まぁそれは仕方がない。
もちろん、「ちゃらり~ん」というような音ではなく、フォーカルプレーンシャッターのような音にしてあるが。
ちなみに、一昨年(2003年)は8月25日にヒガンバナの開花を見ているので、今年は遅いなぁ。

さて、地元のベンチャー企業、サイバーエリアリサーチの社長が、ブログというものは良くも悪くも時系列に縛られる、と話していた。
時事的な話題や日記的なものには向いているが、資料的なものには向いていない、というわけだ。
たしかにそう思う。
ブログに記載した内容を後から読もうと思ったとき、運良く Google で引っかかってくれればよいが、さもないと、「いつごろ書いたか」を思い出しながら探さなければならない。
やっぱり後から調べるような内容は、ブログではなく通常のWebサイトに(ちゃんと目次を付けて)載せるようにしよう。
……というわけで、このブログには思い付きや記録を残す程度にして、ちょいと深く考えたことや資料としての価値があることは、【科学的逍遙】に書くことにする。
……ということで、話題が重複することが多々あるかと思うが、悪しからず。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2005/09/19

秋晴れ:中秋の名月

快晴。ムスメの運動会を見ている間、ずっと東向きに座っていたら、右半身だけ日焼けした。これじゃあなんかのCMだ。
夜には満月を望めたが、夜半にうっすら雲が出てきた。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2005/09/16

生物季節:モズ初鳴

モズ初鳴(静岡県沼津市)

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2005/09/15

テレビショッピング型選挙

テレビショッピング業者の人には悪いのだが、どうもアレではモノを買う気にはならない。
たまたま目にして、ふーん、そういう商品があるんだなぁと思うことはあるが、よし電話しよう、とは思わない。
やっぱり、何かを買おうというときには、店頭で商品を手に取ったり、あるいはインターネットなどでじっくり調べてから、納得してお金を払いたい。
でも、あれだけテレビでCMをやっているところを見ると、買う人はいっぱいいるのだろうなぁ、と思う。
「今ならコレをお付けして、このお値段」とかいうのに釣られる人もいるんだろうねぇ。

さて、今回の衆議院議員選挙、「劇場型選挙」とか言われていたが、ワシの思うに「テレビショッピング型選挙」だったのではないかと思う。
「郵政民営化に賛成か反対か」という判りやすい争点というか、判りやすそうなフレーズというか、判ったような気にさせる売り文句を聞いて、それも何度も聞かされて、そうだ、選挙に行って投票しよう、と思った人たちが、いっぱい居たのではないか。

よーく考えた方が良かったのではないかなぁ。
だって、「今なら、消費税率アップとサラリーマン増税も付いてます」なんていうオチになっても、ワシは知らないよ。
……っていうか、ワシはサラリーマンだから大打撃を受けるのだよ。
テレビショッピングなら「自己責任」だけど、国政選挙はそういうわけにはいかんよ。
「誰」が責任とってくれるんだ?

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2005/09/07

読書中気になったコトなど

保坂正康『あの戦争は何だったのか』(新潮新書)105ページより

 私は、この戦争が決定的に愚かだったと思う、大きな一つの理由がある。それは、「この戦争はいつ終わりにするのか」をまるで考えていなかったことだ。
 当たり前のことであるが、戦争を始めるからには「勝利」という目標を前提にしなければならない。その「勝利」が何なのか想定していないのだ。

「この戦争」とは、太平洋戦争のことである。
ついでに120ページ~121ページより。

 一般の国民には、ほとんど正しい戦況は知らされていなかった。「軍政」に携わる将校とて、100パーセント正確な戦況は伝えられていなかった。知る立場にあった唯一の者たちは、「大本営作戦部」のエリート参謀たちだけである。
 しかし、その大本営は、自分たちに都合の悪い戦況を隠すことのみに汲々とし、決して自己省察などしようとしなかった。「戦争の目的は?」と聞かれれば、「自存自衛のため」などときれいごとを述べているだけであった。

「郵政民営化に賛成か反対か、それを問う選挙です」なんていうすり替えにも似た香りがしますな。
いったいこの国の指導者(を自認する人たち)は、ワシら国民をどこへ連れて行こうとしているのだろうか?
決して、ノセラレまいぞ。

カール・セーガン(青木薫訳)『人はなぜエセ科学に騙されるのか(上)』(新潮文庫)394~395ページ

〈統計の誤解〉
例:ドワイト・アイゼンハワー大統領は、「アメリカ人の半数は平均以下の知能しかもたない」と知らされて、驚きと警戒の念を表明した。

日本でもアメリカ合衆国でも、政治家の知性ってこんなもんなのか?
金の計算はできても、統計学や科学的方法論を知らないのか?

石川雅之『もやしもん』(講談社イブニングKC)208~209ページ(農大の新入生・及川葉月と大学院生・長谷川遥の会話)

「最近こんなのもあるんですよ。人に貸したらどんな菌を移されるか分からないからって「除菌ペン」」
「あんたねェ……「除菌」に疑問持った事ないの? (中略)除菌よりうまく菌と付き合って、体を健康で丈夫にすることを考えた方が早くない?」
「じゃあ この除菌ブームって何ですか……」
「私が思うにマイナスイオンって書けば家電品が売れるのと同じじゃない? 本人が満足ならいいけどね」

ワシのマイナスイオンについての見解は、「山で気分良くなるのにマイナスイオンは必要か?」に書いたとおり。
「信じること」の誘惑に負けず、「疑問を持つこと」に徹さなければなるまい。
もちろん、「誰も信じるな」ということではない。
人を信じてもよいが、人の言うことを「そのまま」信じてはいけないのだ。
誰だって間違えるし、自信満々のヤツほど怪しいってことには、あたりを見回してみれば納得が行く。
……てことで、まずはこのワシが言うことを疑ってみよ。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2005/09/04

野尻抱介『太陽の簒奪者』を読んだ

和製ハードSFは少ない。
まして、充分に「センス・オブ・ワンダー」を感じさせてくれる和製ハードSFは、ごく少ない。
野尻抱介の『太陽の簒奪者』は、そんな数少ない和製ハードSFの一つだ。

2006年11月9日、水星の太陽面通過の際、水星上に生じた「塔」が発見される。
じつはこれが、水星上に建造されたマスドライバーから発射された無数の微小な物体で、それはやがて太陽を取り巻くリングを形成する。
そのリングに太陽光をさえぎられた地球では、環境の急激な変化に襲われる。
リングを建設したのは何者か? リング建設の目的は何か?

第一部でリング建設者の故郷とリング建設の「目的」が明らかになるが、そこから新たな課題が生じる。
人類の存亡にかかわる大きな問題が。
そして第二部へ。

……というわけで、本書を読んでいない人にとってはネタばれになると悪い気がするので、この先何を書くかちょいと迷うなぁ。

ファースト・コンタクトを描いたSFだが、「異星人の意図がまったくつかめない」、「コミュニケーションの糸口が見つからない」、「異星人(エイリアン)は本質的に異質であるはずだ」といったテーマは、スタニスワフ・レムを思わせる。
ちなみに、レムと言えば『ソラリスの陽のもとに』だが、映画で見るならタルコフスキーの「惑星ソラリス」(1972年)をお勧めする。ソダーバーグの「ソラリス」(2003年)は、「異質なもの」の描き方が弱いように思うので。

映画というと、本書を読むには、予め見ておいたほうがよい映画がいくつかある。
『2001年宇宙の旅』、『エイリアン』、『ミクロの決死圏』、『スターウォーズ』など。
また、予め読んでおいたほうがよいハードSFもいくつかある。まぁ、「予習」といったところか。
A・C・クラーク『2010年』『宇宙のランデブー』
ロバート・L・フォワード『ロシュワールド』
このへんは必須かな?

スタニスワフ・レム『ソラリスの陽のもとに』『金星応答なし』
ケヴィン・J・アンダーソン&ダグ・ビースン『無限アセンブラ』
ラリイ・ニーヴン『リングワールド』
ラリイ・ニーヴン&ジェリー・パーネル『神の目の小さな塵』
グレゴリイ・ベンフォード&ウィリアム・ロツラー『もし星が神ならば』
グレゴリイ・ベンフォード『夜の大海の中で』
……このあたりも読んでおくと、参考になるかも。

あともう一つ、AI(人工知能)が安易にしゃべらないのもいいねぇ。
ここから先は、やっぱりネタばれになるから書けないのだった。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

« 2005年8月 | トップページ | 2005年10月 »