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2005/06/21

夏至

今日、夏至だった。
言うまでもなく、夏至の日は、昼間の長さが1年中で最も長い(日本では)。
しかし、今日は日の出が最も早い日でもなければ、日の入りが最も遅い日でもない。
……ということは以前、クイズにしたことがあった

また、夏至の日は、太陽の南中高度が1年で最も高くなる日でもある。
夏至の日の南中高度を求める式は、昔は小学校でも習ったもんだが、次のようになる。
(90°-北緯)+23.4°
つまり、北緯23.4°の地点では、ちょうど真上に来るわけだ。
本州付近だと、78°くらいか。
まぁ、頭の上からギンギンに照りつける日光、という具合になるはずだ。

しかし、この時期は梅雨なので、そんなに強い日差しとは思わないことが多い。
今日も、うす曇りだったし。
空気中にこれほど水蒸気がなかったら、紫外線の量も強いだろうなぁ、と思いながら昼休みの散歩を早めに切り上げたのだった。

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2005/06/16

カルガモの親子

カルガモの親子6月13日(月)、私用のため会社を休んだ。
その折、三島市の蓮沼川でカルガモの親子を見かけた。
蓮沼川は、駅前の楽寿園にある小浜池の湧き水を水源とする川だ。

親鳥が船のように水に浮いているのに対して、ヒナのほうは発泡スチロールか何かが浮いているように、まったく重さを感じさせない浮き方だ。
どういうわけか、8羽のヒナの中で、必ず1羽は別行動をとる。
同じ向きに泳いでいるときでも、遅れる。
こういう個性の差が、進化につながっていくのだろうか?

動物を眺めていると、なんとものんびりした気分になって気持ちが休まるのだが、これを「癒される」というように表現するのは、ワシは嫌いだ。
「癒し」というコトバが嫌いで、「そんなコトバを使って、どうせ金儲けか人気取りをしようという卑しい根性が見えてるぜ」と斜に構えてしまうのだ。
長年いろいろな動物を見てきた(フィールドワークの経験がそこそこある)立場から言わせてもらうと、立ったとか珍しいのが来たとかでわいわい大騒ぎすることには、大変違和感を感じる(「タマちゃん騒動から野生動物との距離を考える」)。
好きなように振舞っている動物を、そっと眺めて微笑んでいれば良いだけのことなのに。

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2005/06/10

キアゲハ羽化せず

寄生蜂に寄生されたキアゲハの蛹。妙に黒っぽい6月7日に、蛹化(ようか)したキアゲハは、羽化することはなかった。
8日に見たとき左の写真のような状態だったので、「妙に黒いなぁ」と思ったのだが、「妙」に感じた直感は正しかった。
寄生バチにやられたらしく、今朝見たら頭の部分に穴が開いていた。
映画のエイリアンの2段階目の幼生、チェストバスターが出て行ったあとのようだった。
小蝿(ショウジョウバエ?)が穴から出入りして、残った体液をすすっていた。

まったく、母なる自然と言う性悪女(だれかSF作家が使っていたフレーズ)は、優しくもなんともない。
生きていくのは残酷なことだが、仕方がない。
生物はこうやって他者の死を糧に生き延び、進化してきたのだから。

さて、昨日は疲れたので仕事を定時で切り上げ、ウチに帰ってから庭の手入れをした。
すると、花が終わったので先週末に刈り込んだビオラの、わずかに残った葉に、ツマグロヒョウモンの幼虫が3匹いるのを見つけた。
哀れなので、つまんでもう少し葉の残っている株に移してやった。
ツマグロヒョウモンの幼虫はトゲトゲで毒々しいが、触ってもなんともない。
親(蝶)同様、ハッタリで生きているのだねぇ。

庭のツマグロヒョウモンの幼虫が生き延びて、子孫を残せるのかどうかは、まったく判らない。
つまんで移動したワシが「神の役割を果たそうとした不遜なヤツ」というわけでもない。
「結果論」が自然界の法則なのであって、「運命」なんてものはないのだ。

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2005/06/07

キアゲハ蛹化(ようか)

キアゲハの幼虫5月31日、こんな具合だったキアゲハの幼虫が、巨大ミツバから消えた。
いったいどこへ行ったのだろう、と見回すと、家の壁にくっついていた。

まだ本当の蛹(さなぎ)ではなく、幼虫の姿の前蛹(ぜんよう)だ。

p6072328s最近仕事がキツイし私事でも忙しいしで、庭の生き物たちに救われている気がするのだ。

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