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2004/08/30

アナクロ

政治的な話題はなるべく避けるようにしているのだが、どうしても茶々を入れたくなった。
みょーな選挙制度のせいで、ワシの声は国政に反映されてないし。

「橋本」が「橋本派」から抜けたら、ただの「」になるのかね?
だいたい、20年くらい前に派閥解消とか言ってなかったっけ?

「もち代」って、「黄色いお菓子でございます」かよ、まったく。
アナクロだよなぁ。

だから、そういうことする連中が「教育基本法を変えろ」とかいうのが変だよね。
教育基本法の精神が守られず、みょーなこと(ちゅうか、汚いこと)するオトナが偉そーなことを言うもんで、子供達の価値観が損なわれているのではないかい?

人にやさしくし、自分の能力を生かし、日々清く正しく生きようと努めている(もちろん、税金は源泉徴収でしっかりとられている納めている)ワシのような国民が報われるような世の中にしてくれないかねぇ。

【参考】教育基本法第一条(教育の目的)
教育は、人格の完成をめざし、平和的な国家及び社会の形成者として、真理と正義を愛し、個人の価値をたっとび、勤労と責任を重んじ、自主的精神に充ちた心身ともに健康な国民の育成を期して行われなければならない。

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2004/08/27

胃の検査

8月24日(火)、1日人間ドック。
検査自体は慣れたもので、胃を膨らませる炭酸水素ナトリウムの粉末も、造影剤の硫酸バリウム溶液も、難なく飲めた。

……その後がよくなかった。
「ゲップ」を我慢することになれてしまっているものだから、胃を膨らませた炭酸ガス(二酸化炭素)がうまく「上から」抜けず、小腸に行ってしまったのだ。

おまけに(これは毎度のことだが)折角丹精して育てた腸内フロラ(細菌群)が、下剤の勢いに乗って押し寄せるバリウムに押し流されてしまったのだ。
翌日の水曜日は、腹が痛い上、トイレから離れたところに行きたくなかったので、会社を休んだ。

胃のX線検査はこのように辛いので、胃カメラにしようかと思ったこともあるが、あれはあれで辛い。
「オエッ」となるのはまぁ、大したことではないのだが、怖いのは麻酔だ。
局部麻酔とは言え、しばらくぼ~っとして、しゃべるのも不自由になってしまうのは、やっぱり怖い。

また来年、同じ苦しみを味わうのはいやだなぁ。

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2004/08/15

朝日新聞、「進化」を誤用する。

今朝(8月15日)、朝日新聞朝刊1面の見出しを見て、長年の購読をやめてしまおうかと思った。

「谷 進化の力」

生きているうちに進化することはできないことは、すでに何度も書いているとおりだ。
ポケモンは「進化」しない
覚書

まったく、天下の朝日新聞が何というザマだ。
ちなみに、asahi.comでもこんな具合だ。

恋よりメダル 進化する女王――ケー・スンヒ(柔道)

ワシがこれだけ腹を立てているのは、単純に生物学用語の誤用(「フェロモン」参照)だからというわけではない。
ひとつには、今の学習指導要領では、小学校でも中学校でも、科目選択によっては高等学校でも、「進化」について学ばないからだ(「「歴史科学」としての生物学」参照)。
進化についての正しい知識を持たずに、自然・人間・社会について、まっとうな視点を持てるものかどうか危惧しているのだ。
子供たちが進化についての正しい知識を持たないと、ファシズムやカルト宗教に汚染されやすくなるのではないかと思っているからだ。

もうひとつの理由は、字面のイメージによって、ことの本質がすりかえられることへの危機感だ。
生物学的な「進化」には方向性がない。
洞窟の魚の目がなくなるのも、ミノガのメスから羽や口がなくなるのも、進化だ。
だが、誤用される「進化」は、「良くなる」「進歩する」「発展する」「高機能になる」というイメージを助長するものだ。
ナチスによる遺伝学の悪用が思い起こされたりもする……。

ちょっと話がずれるが、字面のイメージによる本質のすりかえ、という点では、60年前に「国家によって」盛んに使われた言葉を思い出す(ワシが直接聞いたわけではないが)。
退却、撤退を「転進」と言い換え、全滅を「玉砕」と言い換え、犬死を「名誉の戦死」と言い換え、国民を戦場へと追い立てたのだ(その上、国土を戦場化させた)。
朝日新聞は、戦時中に軍部のプロパガンダの一翼を担ったことを反省していたのではなかったか?
誤った言葉の使い方に鈍感になってしまってよいのか?

『日経サイエンス』2004年9月号の「遺伝子ドーピング」(H.L.スウィーニー)では、筋肉疾患を治すための遺伝子治療を悪用して、筋肉を増強できる可能性が示されていた。
それだけではなく、遺伝子変異のために「自然に筋肉が増強されてしまう」人や「赤血球が非常に多くなる」人の例が挙げられていた。
「進化」という言葉を気楽に誤用する記者は、こうした遺伝子やスポーツと倫理の問題について、どう考えているのだろうか?

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2004/08/14

フェロモン

「フェロモンむんむん」とか「フェロモン系美女」とかいう表現がよく使われる。
旅行好きな人を引き寄せる「旅フェロモン」のある町、なんて使われ方もするらしい。

なんで、生物学用語って、一つの機能というか属性だけに注目されて一人歩きしちゃうのだろう?

もちろん、フェロモンとは、動物が体外に分泌して、他の個体の生理的状態や行動に影響を与える物質のこと。
ホルモン(内分泌物質)に対比すれば、外分泌物質ということになる。

フェロモンには、その機能だけを見てもさまざまな種類がある。
ゴキブリが集まるのは集合フェロモンの作用だし、ハチの巣の近くでハチをいじめると「蜂の巣をつついたような騒ぎ」になるのは警報フェロモンの作用だ。

しかし、フェロモンというと「性フェロモン」しか思い付かない人が多いように思う(とくにマスコミ関係者! なんとかせいよ)。
生物学を学んだ者なら、「性フェロモン」と聞くと、まず「蛾」が思い浮かぶのではないだろうか。

羽も口すらも退化し、枯れ葉のミノから尻だけ突き出してフェロモンを分泌し、オスがやってくるのを待つだけのミノガのメスとか……。
飛ぶには役に立たない羽を気流生成装置として使い、ブラシ状の触角――高性能フェロモン検知装置――を用いてメスを探しまわるカイコガのオスとか……。

……お色気美人とは程遠い風景であるが、はるかに神秘的なのではないかと思う。

※ほかに、よく間違って用いられる言葉には、「進化」や「適応」がある。そのうちまた書く予定。

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2004/08/11

博物館?めぐり

昨日(8月10日)、子供らの希望に添って、静岡市にある三つの博物館というか、公共啓蒙施設をはしごした。
そのときの感想など……。

登呂遺跡博物館にて。
用途不明の木製品として、長さ1メートル弱、幅と高さが10センチメートルほどで、幅と深さがその半分の溝が切られたものがあった。
私が推定したその用途。
(1)水を溜めて、カエルのレースをした。
(2)やや斜めに設置して水を流し、流しそうめんをした。

(1)については私のオリジナルの推測であるが、(2)はカミさんも考えたそうだ。
しかし、よくよく考えると、流しそうめんをするなら、わざわざ角材に溝を掘らなくても、竹を割るほうが簡単である。
そこで思い付いたのが、遺跡から木製品はよく出土するが、竹製品はあまり見ないように思う。
竹製品の出土が少ないのはなぜだろう?

静岡県地震防災センターにて。
……家具の転倒防止、非常用食料類の備蓄など、きちんと対策しておこうと思った。
TSUNAMIドームシアターはいまいち。
ドーム状のスクリーンに投影するなら、普通のビデオで撮ったような映像ではなく、ロングに引いたもののほうが効果的ではないか?

それと、地震の体験装置。
たしかに、あの揺れが1~2分続くかと思うと、東海地震はおそろしい。
しかし、あらかじめ手すりにしっかりつかまっているのでは、テーマパークのアトラクションと変わらない(というか、アトラクションとしては迫力不足)。
居間のようなセットのほうがよいのではないだろうか?
それが危険だというなら、せめて手すりをなくし、床と壁面をクッション貼りにして、ヘルメット着用で体験するほうがよいのではないだろうか?

静岡科学館る・く・る にて。
さまざまな「実験」や「体感」ができて、子供らは楽しそうであった。
でも、あえて苦言を呈す。

展示そのものに解説がないので、「遊ぶだけ」になっていないだろうか?
「体験した後、解説をマルチメディア端末で見て、実感する」というコンセプトはわかるが、その意図は反映されていないように思う。
子供は、わざわざ端末を見に行かないのだ。
見させたところ、キャラクターが対話する形式の「ありがちな」「とろい」展開に飽きてしまっていた。
総じて、コンピュータを使ったものは、つまらない。
なぜなら、自宅のPCやゲーム機で似たような(場合によってはもっと凄い)体験ができてしまうからだ。

また、生物学の展示・アトラクションが不足、地学領域の展示はゼロで、とくにプラネタリウムがないのは残念。
むしろ、売店が健闘していた。
それは、スタッフが商品の科学的特性などを解説していたからだろう。
そこで例えば、「地球ゴマ」の実演販売をしながら、その横でジャイロスコープの実験・解説をやったりしたほうが、科学教育としては有効なのではないかと思ったりした。
家に帰ってから、実験の続きができるわけだし。

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安全神話

危険箇所に気付かないようにしていれば、「安全です」って言っていられるわけなのか。

関西電力のプレスリリース

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2004/08/09

黄瀬川を下る

今日(8月8日)は、鮎壷の滝から黄瀬川を下った。
ちょっと浅すぎてカヌーで下るのは無理なので、自転車で川沿いの道を南下したのだ。
短パンを履いていたので、ひざ小僧だけ日焼けして情けない状態になってしまった。

それはさておき、御殿場付近からず~っと上~中流域の様相を行ったり来たりしていた黄瀬川は、旧国道1号線の下をくぐるあたりから、突然下流域の雰囲気となる。
川幅が広がり、中洲や川原は砂や泥になり、川原に林ができる。
土手の上は車が走れるほどの広さとなり、空が広がる。

黄瀬川と狩野川との合流点からは、雲がなければ、愛鷹山の向こうに富士山が望めたはずだ。
もちろん、箱根も。
つまり、黄瀬川の水源となった山々がすべて望めたはずだったが、今日はあいにくだった。
しかし、海から蒸発した水蒸気が凝結した、あの雲から降り注ぐ雨が、いずれまたここへ(ごく一部は自分の身体を経由して)戻ってくるのだと思うと、なかなか愉快だった。

黄瀬川と狩野川の合流点からちょっと足を伸ばして、柿田川へ行った。
富士山の豊富な湧水がそのまま川幅いっぱいに満ちて、約1kmで狩野川に合流する。
その清冽な流れは、上流とも中流とも分類不能だ。

きれいな流れに出会ったら、必ずやらなければならないことがある。
……ということで、柿田川の水で顔を洗ってきたのだった。

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2004/08/07

花火と雷

立秋の夜、近所の公園の祭で花火を揚げていた。
あいにく上空には雷雲が広がり、花火の合間に稲妻が走った。

自宅の2階から、花火と雷を眺めながら思った。
かたや人工の光と音、かたや自然の光と音、明るさや音の大きさでは……つまりエネルギーの大きさでは……段違いに自然のほうが大きい。
寺田寅彦の「化け物の進化」で指摘された通り、雷のもととなる膨大な電気エネルギーが蓄積されるメカニズムは、いまだに完全には明らかになっていないらしい。
花火は純粋に人の楽しみのために作られて消えていくもの。
雷は、目的もなく発生する自然現象。
でも、雷の多い年は、豊作になることが昔から知られていた。
放電によって空気中の窒素分子が窒素化合物となり、雨とともに降り注いで、天然の肥料となるからだ。
自然現象を見る目は、昔の人のほうが確かだったのかもしれない。

公園に花火を見に行った子供が聞いたという、どこかのおばあちゃんのつぶやき。
「近頃の子供は、雷さんが怖くないのかしらねぇ」

化け物は進化しても化け物であり、ひとりの人間は自然の前では小さな生き物にすぎないことを心せよ、子供たち。

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2004/08/06

分水「峠」

昨日の続き。
黄瀬川の水源を探る旅(というほど大げさなものではないが)の中で、気付いたことがある。

御殿場駅付近より南側に降った雨は、やがて黄瀬川に注ぎ、沼津市で狩野側と合流し、駿河湾に注ぐ。
御殿場駅付近より北側に降った雨は、やがて酒匂川に注ぎ、相模湾に注ぐ。

つまり、御殿場駅付近は「分水嶺」ならぬ「分水峠」になっているのだ。

東名高速道路の最高地点(454メートル)は、御殿場インターチェンジ付近にある。
このあたりが、小田原方面から三島・沼津方面へと山間を縫っていくときに通る、最も高いところであることがわかる。

実際、国道246号線から御殿場インターチェンジまたは箱根方面へ向かう道(国道138号または139号)を車で走ると、「御殿場に降る雨の水滴の気持ち」がわかるような気がする。
箱根へ向かって進むと、左に金時山が望まれ、正面に丸岳(山頂にパラボラアンテナの鉄塔がある)が迫ってくる。
ここで選択を迫られるわけだ。
右へ、駿河湾へと走るか、左へ、相模湾へと走るか……。

もちろん、水に意志はないので、重力や風と微妙な地形によって、水の運命はカオス的に決まるのだが。

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2004/08/05

川の源流を探る

昨日、夏休みの自由研究の手伝いということで、近所を流れる黄瀬川の源流を探りにムスメと出掛けた。

あらかじめ地図で調べたところ、黄瀬川の集水域は愛鷹山、富士山、箱根にまたがっていることがわかった。
また、支流のうち「黄瀬川」という名の付いた川は御殿場付近から始まっていることもわかった。

そこで、御殿場市外を自動車で走り回って、細い用水路のようになって行く黄瀬川を溯った。
その結果……。

「一級河川 黄瀬川 始点」の標識を、国道246号「ぐみ沢丸太」交差点近くのオートバックス付近で発見。
正確には、国道246号の下をくぐる道の、ヨコハマタイヤ静岡販売の裏にある。
ゼンリンのits-mo Guide

しかし、この用水路のように細い黄瀬川は、さらに上流から流れてきていたので、当然、その源流を調べてやらねば、ということになった。

見付けた源流……というか、黄瀬川の流れ始めは、中畑の山神社近くの湧き水だった。
ゼンリンのits-mo Guide

集落の道路の下から突如湧き出す水……という点で、柿田川と似ていると思った。

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2004/08/02

考える馬

『日経サイエンス』2004年9月号の「サイエンス考古学」に、100年前の記事として「考える馬」の話が載っていた。
たしかこの「賢いハンス」の話は、ローレンツの『ソロモンの指輪』にも載っていたように思う。

結局、ハンスは計算ができたわけではなく、飼い主や周囲の見物人の反応を見て、正解を答えていたようだ。

教訓:馬が人間並みの計算能力を持っている(ように見える)ことに驚くべきではなく、表情(や身振り)を読んで適切な行動を行なうことに驚くべきである。

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