2009/07/14

夏の夜の散歩

こんとの夜の散歩も、夏になるとまたイベントが増える。

田んぼの脇を歩けば、カエルが横切る。
背中にウキクサをたくさん載せたツチガエルだったりする。
ツチガエルは田んぼに注ぐ水路の中にも居て、ギーコギーコと喧しく鳴く。

田んぼの真ん中へんで、ケッケッと高い声で鳴いているのはアカガエルだろうか。

田んぼを懐中電灯で照らすと、オタマジャクシが泥を蹴立てて逃げる。
泰然としているのは小さなドジョウである。
メダカもいるようだが、暗いのではっきり判らない。

公園に向かうと、街灯にたくさんの虫が集まっている。
バチンバチンと派手に音を立てて街灯に激突しているのはカナブンなどの甲虫類だろう。

街灯の近くの芝生の上では、大きなカミキリムシや、運が良ければカブトムシを見つけることができる。
のそのそと這っているのはアブラゼミクマゼミの幼虫だ。
土の中から出てきて、羽化するのに適当な木を探しているのだ。

家に入ろうとすると、ドアのところにトラカマキリとニワハンミョウが居た。
トラカマキリは黄色と黒の縞模様でスズメバチ類に擬態している。

夏の夜の散歩は生き物がたくさん居て面白いのだが、クモの巣にひっかかりまくるのには閉口する。
正確に言えば、巣ではなく、糸である。
クモが夜のうちに巣を作ろうと、開けた空間に向けて適当に糸を流すのだろう。
木と木の間の開けた空間といえば、公園では道があるところだ。
運良く道の反対側の木に糸が引っかかれば、クモはそれを足がかりに大きな巣を張る。

クモにとっては残念なことに、夜遅くなってからイヌに引っ張られて糸にひっかかるバカが居て、折角の巣の足がかりを破壊されてしまうのである。

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2009/07/10

なんでやねん!と科学

先日、「ツッコミと科学」という記事を書いたが、ツッコミが浅かった。

逆に言えば、科学的であるということは「ツッコミを入れられる可能性がある」ということでもある。 つまり、ポパーのいう「反証可能性」は、「ツッコミを入れられる可能性」と言い換えることができるのではないだろうか。

反証可能性は、むしろ「ツッコミに対してツッコミ返せるか」と言ったほうが良いだろう。
ツッコミに対して、ボケでしか返せないなら、それは科学ではないのである。

ちなみに、科学とは何に対しても「なんでやねん!」と言う姿勢であって、「いいかげんにしろ!」ではない。

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2009/07/07

七夕だから雨なのだ

旧暦なら、7月7日は梅雨明け十日のよく晴れる時期なのだろうが、新暦7月7日は梅雨の真っ最中。
だから、新暦の七夕は雨に決まっている。
正確に言えば、雨である確率が高い。

この雨では織姫と彦星は遭えないだろう、などと可哀想に思う必要はない。
雲の上は、常に星空なのだから。

それにしても、織姫星(こと座のベガ)と彦星(わし座のアルタイル)は、実際にはどれくらい離れているのだろう。
織姫星の住人と彦星の住人が出会うことは可能なのだろうか?

地球からの距離と、地球から見た角度を元に計算すれば、何光年離れているか解る。
そのうち理科年表で調べて計算してみようかな。

……それはともかく、銀河系外縁部の星の間の距離は平均すると数光年のはずだから、光速の宇宙船でも、星の間をわたるには数年かかる。
……ということは、毎年7月7日のイベントなどではなく、世代をまたぐ大プロジェクトになるねぇ。

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2009/07/06

ツッコミと科学

昨日(7月5日)の午前4時ごろ、原因不明の腹痛に襲われた。
症状は腹痛と下痢と食欲不振だけで、熱も何もないのだが、気力も体力も消耗した。

そういう日に限って自治会の行事が二つもあるし。

それはさておき、行事の間の午後の時間、こんと寝ていたのだが、うつらうつらしているときに考えたこと……。

お笑いの「ツッコミ」と「科学」ってのは、よく似ているのではないか?
……というか、精神というか思想というか、それは同じなのではないだろうか。

お笑いの場合、明らかに変なことに対してツッコミを入れることが多いが、明らかに変だ、と(聴衆が)気付かないところにツッコミを入れて笑いをとることもできる(具体例が欲しいところだが、すぐには思いつかない……)。

科学も、常識と思われていることがらに「おいおい、それホントかよ? 確かめた?」とツッコミを入れることから始まる。
ワシが卒論研究でやった雑草の研究も、「おいおい、そんなに除草剤とかいっぱい撒いて、そんなに苦労して草取りしなくても、作物に影響ないんじゃないか?」というツッコミが起点である。

そしてもちろん、既存の「定説」や「広く支持されている仮説」に対してツッコミを入れることから、新しい仮説が生まれることもあるはずだ。

逆に言えば、科学的であるということは「ツッコミを入れられる可能性がある」ということでもある。
つまり、ポパーのいう「反証可能性」は、「ツッコミを入れられる可能性」と言い換えることができるのではないだろうか。
宗教はツッコミを許さないからね(ツッコミを入れると理不尽にも怒られてしまうのだ)。

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2009/07/03

『PLUTO 8』を読んだ

『PLUTO』の最終巻を読んだ。
鉄腕アトム「地上最大のロボットの巻」で結末を知っているのだが、やっぱりプルートゥは可哀想だよね。

個人的には、お茶の水博士やヒゲオヤジには謎解きとか冒険とかに、もっと活躍して欲しかった。
その分、天馬博士が原作でのお茶の水博士の役割をしていたかな。

それはさておき、原作の鉄腕アトムでも、ロボットが地下に潜るシーンがよく出てくる。
まぁ現実には地下の岩盤を削って進むのはとんでもなく大変なことなのでマンガならではの表現なのだが、もう一つ気になったのは、「指」のことである。

軟らかい土なら人間の手でも穴を掘れるが、固い土を掘るには金属の指が必要だ。
まして岩盤となると、金属でもすぐに磨り減ってしまうだろう。
それだけでなく、指には関節がある。
可動部のある細い部分は弱いので、ロボットにおいても指は「弱点」のはずだ。
岩盤を掘ることはおろか、転倒しただけで指が折れてしまうのではないか。

いやはや、考えて見ると、ロボットが殴りあうのもナンセンスだよね。
装甲に当たったら指が折れるに決まっているから、指を守るためのカバーが必要かなぁ。
指を引っ込める、という方法も考えたが、可動部が余計増えるから、無用の故障の原因になるなぁ。
いっそ、殴り合い専用の腕を追加したほうが良いかもしれない。
いや、殴りあいなんていう状況に陥らないように、運動エネルギー兵器や電磁エネルギー兵器で闘うほうがよいかもね。

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2009/06/29

調子に乗って「仕事」を増やすと疲れるのだ(草刈り5回目)

週が明けてまたいろいろあったのだが、とりあえず先週末のこと。

こんの散歩(後半はウチの前で草取り)と掃除と買い物で昼になり、床屋へ行ったら夕方になった。

夕方、と言っても夏至の直後だから、日没まで間があるので、電動草刈り機を持ち出して今年5回目の庭の草刈り。
刈り終わったところで暗くなってきたので、こんを公園まで連れて行く。
まだ薄明るいと、こんが怖がって公園まで行こうとしないので、担いで行った。
ヒグラシの声を聞きながら、いつもの夜より遠回りした。

夜は自治会の夏祭りの準備をしてから、風景写真のミニチュア化を試してみた。
これが余分だったかなぁ。
自治会のほうじゃなくて、ミニチュア化のほう。
「仕事」じゃないんだけど、PCで行う「作業」である。

こんな写真を作ってみたのだ。

作り方は科学的逍遙の「研究室/風景写真をミニチュアみたいにする 」を参照のこと。

さて、土曜日は草刈りで終わってしまったので、庭木の剪定をやろうと思っていたら、日曜は雨。
庭木の剪定という「仕事」は、また来週以降に持ち越しである。

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2009/06/24

脳死は人の死か?

臓器移植法改正案が衆議院を通過した。
脳死は人の死ということになりそうである。

脳死は植物状態と違い、脳幹が機能していないので、人工呼吸器を外すと呼吸も心臓も止まるという。
機械に繋がっていれば、体温もあり、爪や髪も伸びる。
家族からすれば、生きていると思いたい状態だろう。

ここに臓器移植がからむとややこしいことになる。
移植しか治療法のない病に苦しむ人とその家族の立場に立てば、脳死状態の人から臓器提供を受けることは、大きな希望である。
脳死を人の死とすることは、臓器移植の機会を増やし、たくさんの生命を救う可能性であるとともに、脳死状態の人を暖かい死体とみなすことでもある。

SF的だとか言われようと、画期的な治療法が開発されれば良いのに、と思う。
iPS細胞からの臓器培養とか、マイクロマシンを使った人工臓器とか。
生命を人為的に救うことからすでにSF的なのだから、早いところ行けるところまで行ったほうが良い……のだろうか?

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2009/06/23

朝イチ富士山

上のムスメがレポートを書くとかでPCを占拠しているので、ここにメモしておく。
昨日22日は雨、今日23日は曇りで、ともに富士山は見えなかった。

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2009/06/22

ウッドデッキにペンキを塗った

20日(土曜日)、カミさんと二人でウッドデッキにペンキを塗った。
いや、ペンキというのは正確ではない。
防虫・防水の浸透性塗料なので、「塗る」というより「染み込ませる」のである。

昨年、雨やら風やら体調不良やらで機会を失したので、2年ぶりである。
洗濯物干しへの往復のため歩くところと、こんが昼寝をするところがハゲちょろけになっていた。

本当は二度塗りするべきらしいが、面倒なので一度塗ったきりで、翌日は雨になった。
さて、また来年塗らないと駄目かな?

どういうわけか、こんがぺろぺろ舐めていたので、叱ってやめさせた。
その後何ともないようだが、なんで舐めようなんぞとおもったのだろう?

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2009/06/15

庭で魚を焼く

カミさんが知人からもらってきたイワナを庭で焼いた。
魚は庭で焼くに限る。

……ということで、炭火を起こしたのだが、久々だったせいか炭が湿気ていたせいか、時間がかかった。
焚き付けなどという面倒くさいものは使わず、ガスバーナーでガンガン火を点けたのだが、はじけて飛ぶこと飛ぶこと。
だから、炭火を起こすときには(焚き火のときもそうだけど)化繊の服は着ていられない。
綿のチノパンも焦げたけど。

火の粉が飛ぶのが怖いのか、爆ぜる音が怖いのか、こんは早々に庭から退散した。

イワナは渓流で釣ったものだそうで、ワタを抜いて冷凍してあった。
冷凍状態から焼くのも、まぁ時間がかかる要因ではあるが、炭火から出る遠赤外線の効果で中まで加熱できていた。
背からかぶりついて食べたら、旨いこと。
こんが横に来て舌なめずりするので分けてやったら、ペロリと平らげて、いつまでもそばを離れなかった。

魚を焼くときに問題になるのは、網に貼り付くことだ。
今回も途中でひっくり返すことができず、結局2枚の網の間に挟んで、網ごとひっくり返した。
網のサイズが異なるので、全体を火バサミで挟んで「エイッ」と返すという、荒業である。
やっぱり、魚焼き用の網を買うかなぁ。

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